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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)718号 判決 1967年3月15日

主文

原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。

第一審被告は第一審原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ昭和三八年四月二四日以降右明渡済にいたるまで一ヶ月金一万八千円の割合による金員を支払え。

第一審被告の反訴請求を棄却する。

第一審被告の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

この判決第二項は第一審原告において金一〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一審原告訴訟代理人は、昭和四一年(ネ)第七一八号事件について、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告は第一審原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ昭和三八年四月二四日以降右明渡済にいたるまで一ヶ月金一万八千円の割合による金員を支払え。第一審被告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに家屋明渡と金員支払を命じる部分についての仮執行の宣言を、同年(ネ)第八二九号事件について控訴棄却の判決を求め、第一審被告は昭和四一年(ネ)七一八号事件について控訴棄却の判決を、同年(ネ)第八二九号事件について「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告の第一審原告に対する昭和三七年一二月一六日以降同三八年四月二三日まで一ヶ月金一万八千円の割合による金員の支払を求める請求中第一審被告は第一審原告に対し昭和三七年一二月一六日以降同三八年四月二三日まで一ヶ月金一万六千円の割合による金員を超える部分について金員支払義務のないことを確認する。第一審被告の第一審原告に対する別紙目録記載の家庭についての賃借権にもとづく賃料支払義務は一ヶ月金一万六千円を超えて存在しないことを確認する。第一審原告は第一審被告に対し金二六万円(控訴状に金一六万円とあるのは金二六万円の誤記と認める。)および昭和三七年一二月一一日から第一審被告の第一審原告に対する別紙目録記載の家屋の賃借権が正常に復するまで、一ヶ月金五千円の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次に附加するのほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し原判決二枚目九行目に「判訴」とあるのを「反訴」と訂正する。)。

一  第一審原告の主張

(一)  仮りに従来の主張が理由がないとしても、第一審被告は昭和三七年一二月一六日以降別紙目録記戴の家屋(以下本件家屋という。)の賃料の支払をなさないので、第一審原告は、昭和四一年六月二日付、同月四日到達の書面をもつて第一審被告に対し、昭和三七年一二月一六日以降同四一年五月一五日までの賃料合計金七三万八千円(一ヶ月金一万八千円の割合、但し合計額は第一審原告の違算)を右書面到達後七日以内に第一審原告訴訟代理人山本孝事務所に持参して支払うように催告し、不履行の節にに本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をなしたのにもかかわらず、第一審被告は右催告に照応する履行をなさなかつたので、右契約は昭和四一年六月一一日の経過によつて解除されたから、第一審原告は第一審被告に対し、本件家屋の明渡を求めるとともに、原判決が第一審原告の右家屋の賃料請求権を認容した最終日の翌日たる昭和三八年四月二四日以降同四一年六月一一日まで一ヶ月金一万八千円の割合による延滞賃料と同月一二日以降右家屋明渡済にいたるまで右同額の割合による損害金の支払を求める。

(二)  第一審被告が訴外水沼を介して第一審原告にその主張のような弁済の提供をなしたことは否認するが、第一審被告がその主張の名目においてその主張の金額を供託したことは認める。

二  第一審被告の主張

(一)  第一審被告の代理人鎌田久仁夫が第一審原告に対してなした昭和三七年一二月二八日付書面による一ヶ月一万八千円を限度とする賃料値上げの受諾の回答に対し、第一審原告は諾否の表明に暫らく猶予を求めておきながら、かえつて昭和三八年二月一一日には訴外堀友之進を介し、ついで訴外及川正子を介して第一審被告に本件家屋の明渡を要求したのであつて、このことは、とりもなおさず第一審被告の右回答に包含された新たな申込を拒否したものにほかならないから、第一審原告の同年三月二二日付の書面による承諾はその効果を生ずるに由ないもので、本件家屋の賃料は依然として一ヶ月金一万六千円にすぎないものである。

(二)  第一審原告が昭和四一年六月二日付書面をもつて第一審被告に対し、その主張のような催告および条件付契約解除の意思表示をなしたことは認めるが、第一審被告は第一審原告の昭和四一年六月二日付書面による催告に対し、同人が第一審被告に対する本件家屋の延滞賃料債権にもとづき仮差押によつて保全した金五七万六千円を控除した残額中、金七万余円を第一審原告の右催告にかかる延滞期間の賃料として弁済のため提供したところ、その受領を拒絶されたので、右同日一ヶ月金一万六千円の割合で計算した延滞賃料額から、右仮差押によつて保全された金額(三六ヶ月分相当)を控除し、昭和四一年一月一六日以降同年七月一五日迄の賃料として合計金九万六千円を所轄法務局に供託したから、第一審原告主張の昭和四一年六月二日付書面による契約解除の意思表示はその効力を生じない。

三  証拠(省略)

理由

第一  第一審原告の本訴請求について

一  第一審原告が第一審被告に対し、昭和三四年一二月六日本件家屋を、期間を三年、賃料を一ケ月金一万六千円、毎月一五日限りその月の一六日を起算日とする一月分を第一審原告方に持参して支払うことの約定のもとに賃貸したことおよび右賃貸借が昭和三七年一二月六日法定更新されたことは当時者間に争いがない。

そこでまず右賃料が合意により昭和三七年一二月一六日以降月額金一万八千円に増額されたとの第一審原告の主張について考察する。

第一審原告が、昭和三七年一二月頃第一審被告の代理人たる訴外鎌田久仁夫弁護士に本件家屋の賃料を同年一二月分(起算日は右約旨に従い同月一六日。以下同じ)から月額金二万四千円に増額したい旨の申入れをしたところ、同弁護士から第一審原告に対し、昭和三七年一二月二八日付その頃到達の書面をもつて月額金一万八千円を限度として一二月分からの増額に応ずる旨の回答がなされたことは当事者間に争いがなく、右回答は第一審原告の申込に対する拒絶とともに同人に対する新たな申込と解すべきところ、第一審原告が昭和三八年一月五日頃、実〓渓口豪介を代理人として前記鎌田弁護士に対し、右申込に対する承諾の意思表示をなしたとの第一審原告の主張に照応する原審証人渓口豪介(第二回)の証言は、後記当事者間に争いのない事実と原審における第一審被告本人尋問の結果(第一回)によつて成立の真正を認め得る乙第五号証および右本人尋問の結果に照らしてにわかに採用し難いが、第一審原告の代理人渓口豪介が第一審被告に対し、同年三月二二日付その頃到達の書面をもつて承諾の意思表示をしたことは当事者間に争いがないから、右承諾によつて第一審原、被告間に昭和三七年一二月分以降の賃料を月額金一万八千円に増額する旨の合意が成立したものといわなければならない。もつとも第一審被告は、鎌田弁護士よりの前記回答には、第一審原告から相当期間内に承諾の意思表示がないときには、新たな申込を撤回したものとする旨の附款があつたのに、相当期間を経過するも第一審原告から明示の承諾の意思表示がなされなかつたので、右渓口豪介の書面による前記承諾の意思表示がなされる以前において既に右の新たな申込は失効していたと主張するが、成立に争いのない甲第二号証によれば、第一審被告の前記回答中に、新たな申込に対する第一審原告の速かな諾否の回答を求める旨および拒否された場合は賃料の弁済供託をすべき旨の記戴があるのみで、第一審原告の回答がなければ新たな申込を撤回したものとする旨の記載はなく、他に右事実を認めるに足りる資料はないから第一審被告の右主張は採用できない。なおまた第一審被告は、同人の前記新たな申込に対し、第一審原告は、しばらく諾否の回答の猶予を求めておきながら、昭和三八年二月中頃第一審被告に対し本件家屋の明渡を求めることによつて右申込を拒絶したと主張するけれども、前記甲第二号証は、第一審被告代理人鎌田弁護士の前示回答書は、本件賃貸借が昭和三七年一二月六日の期間満了後借家法の定によつて更新せられたことを前提として一万八千円の限度において賃料の増額を承認すべき旨を申入れたものであり、前記甲第三号証は、これに対し第一審原告より本件賃貸借の更新を認めたうえ、賃料の増額につき第一審被告申出の金額を承認する趣旨を回答したものであつて、家屋明渡の問題にはなんら触れるところがなく、従つてこの問題は将来別途に解決されるべき問題として取扱い、一応賃料増額の問題のみを解決したものと解せられるから、第一審原告よりする家屋明渡の請求をもつて、第一審被告の賃料増額に関する申込に対する拒絶と見ることはできず、第一審被告の右主張は採用の限りではない。

二  次に第一審原告の賃貸借契約解除の主張を検討する。

第一審被告が昭和三七年一二月一六日以降本件家屋の賃料の支払をしなかつたことおよび第一審原告が第一審被告に対し、昭和四一年六月二日付同月四日到達の書面をもつて昭和三七年一二月一六日以降、同四一年五月一五日までの賃料合計七三万八千円(七五万六千円の違算であること前記のとおり)を右書面到達後七日以内に第一審原告代理人山本孝事務所に持参して支払うように催告し、その不履行を条件として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは、第一審被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

第一審被告は、右催告並びに条件付解除の意思表示に先立ち、第一審原告は賃料の受領遅滞に陥つたので、じ後の賃料支払につき第一審被告に遅滞の責はないから、第一審原告の右契約解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないと主張するが、仮りに第一審原告の受領遅滞が先行していたとしても、右催告によつて受領遅滞の効果は解消したものと解するのが相当であるから、第一審被告の右主張は採用し難く、また第一審被告の第一審原告に対する昭和四一年六月一〇日の弁済提供の主張は、延滞賃料全額を提供したものでなく、第一審原告の催告にかかる延滞賃料額から、弁済の効果のない仮差押の債権額金五七万六千円を控除した残額のうちの金七万余円の提供であることは第一審被告自ら主張するところであつて、債務の本旨に従つた履行の提供とはいえないから、第一審被告の遅滞の責を免れさせるものでないのは勿論、当事者間に争いのない九万六千円供託の事実も一部弁済の効果を生ずるに由ないものといわなければならない。

そうすると、第一審原告と第一審被告間の本件家屋の賃貸借契約は、昭和四一年六月一一日の経過によつて解除されたものというべく、第一審被告は第一審原告に対して右家屋の明渡と昭和三七年一二月一六日以降右家屋明渡済にいたるまで一ケ月金一万八千円の割合による延滞賃料および損害金の支払義務を負うことが明らかである。

第二  第一審被告の反訴請求について

一  第一審原告と第一審被告間の本件家屋の賃貸借における賃料が昭和三七年一二月分以降金一万八千円に増額されたことおよび右賃貸借が昭和四一年六月一一日の経過によつて終了したことは先に説示したとおりであるから、第一審被告の賃借権存在確認の請求(賃料が月額金一万六千円であることを前提とする債務不存在確認請求を含む)並びに第一審原告が第一審被告に対し本件家屋の使用に協力すべき義務を負うことの確認を求めを請求はいずれも理由のないことは多言を要しない。

二  次に第一審被告の損害賠償請求についてみるに、当裁判所は左に附加訂正するのほか原判決と同一の理由によつて右請求を失当であると判断するから、原判決理由中の関係部分(原判決一五枚目裏末行から一八枚目裏七行目まで)を引用する。

(一)  当審における第一審原告本人尋問の結果によれば、第一審被告が騒音、轟音を発すると主張する訴外山下工場の建物は、第一審原告の所有ないしは管理に属するものでないことが認められ、原審における第一審被告本人尋問の結果(第一回)によるも右認定を左右するに足りないから、たとい右工場から生ずる騒音、轟音によつて第一審被告がなんらかの損害を蒙つたとしても、それが第一審原告の責に属するものとは到底認められず、従つて右の事由に基づく第一審被告の損害賠償の主張は理由がない。

(二)  原判決理由中損害賠償請求についての判断(一)のうち

(1) 原判決一六枚目表一行目以下に「被告本人尋問の結果(第一乃至三回)によると」とあるのを、「原審証人氏家美和の証言、原審における被告本人尋問の結果(第一、二回)および本件口頭弁論の全趣旨を総合すると」と訂正し

(2) 原判決一六枚目表一行目「原告が」以下同五行目「その後原告の方でも」までを削除して「原告方では」を挿入し、一六枚目裏二行目にある「山下方及び」、一六枚目裏末行「家屋を」以下一七枚目表四行目「検討するまでもなく」までをいずれも削除する。

第三  結論

以上の次第で第一審原告の本訴請求は正当であるが、第一審被告の反訴請求は失当であつて、第一審原告の本件控訴は理由があるから、原判決中第一審原告の本訴請求の一部を棄却した部分並びに第一審被告の反訴請求を認容した部分を取り消して第一審原告の第一審被告に対する本件家屋の明渡並びに昭和三八年四月二四日以降右明渡済にいたるまで一ケ月金一万八千円の割合による賃料並びに損害金支払請求を認容し、第一審被告の反訴請求を棄却し、第一審被告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

東京都世田谷区世田谷二丁目一四一四番地の五

家屋番号 同町第一四一四号

一 木造瓦葺二階建居宅

一階   二八・四九平方米

(八坪六合二勺)

二階   二四・七九平方米

(七坪五合)

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